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岐阜地方裁判所 昭和52年(ワ)633号 判決

原告 松原貞夫

右訴訟代理人弁護士 小出良煕

被告 各務原市

右代表者市長 平野喜八郎

右訴訟代理人弁護士 林千衛

主文

一  被告は原告に対し、金四八〇万円及びこれに対する昭和五二年二月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五二年二月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  (本件火災の発生とその原因)

原告所有の別紙不動産目録記載の建物(以下本件建物という)は、昭和五二年一〇月二六日午前一〇時三〇分ころ、火災により全焼した。

右火災は、同日午前九時ころから、小島勇郎ら八名の実施したしばやき(火災予防のため田畑、空地等の雑草を焼き払うこと、以下本件しばやきという)の火が本件建物に飛火して発生したものである。

2  (小島らと被告との関係)

本件しばやきを実施した前記の小島勇郎ら八名(以下右の者らを小島らという。)は、被告の設置する各務原市消防団の第四分団第一消防部第二班(下中屋班)に属する消防団員であるから、被告の使用する公権力の行使にあたる公務員である。

3  (職務行為該当性)

本件しばやきは、消防団員である小島らの職務行為に該当する。すなわち、国家賠償法一条にいう「職務を行なうについてなした行為」とは職務行為自体またはこれと関連して一体不可分の関係にあるもの及び当該公務員の意思にかかわらず職務行為と牽連関係があり客観的外形的にみて社会通念上職務の範囲に属すると認められる行為を指すと解される(最高裁判所昭和三一年一一月三〇日判決もこの趣旨を述べる)。

しかして本件においては以下の事実により、本件しばやきが消防団員の職務行為ないし職務と密接に関連する行為であるということができる。

(一) 消防法第二章は火災の予防について規定し、これによれば、消防職員(消防団員)は火災の予防に危険であると認める物件が放置され又はみだりに存置されているときは、場合によってはこれを除去できることになっている(同法三条一項、二項)。

(二) 本件しばやきは、まさに火災予防上の必要からなされたものである。そのことは、しばやきが地域住民から消防団に対して期待されていた行為であり、現に地域住民の要望に基づくものであったことからも明らかである。また、消防組織内部の規定がどうであれ、行為者自身も消防団としての活動であることを自覚しながらなしたものである。

(三) 本件しばやきが実施されるについては、当該消防団から所轄の消防署に対し火煙届が出されており、これに対し消防署員は消防車を出動させ万一の場合に備えるようにとの指示を出した経緯が認められる。したがって、消防署員=被告自身も、本件しばやきは消防団として行なわれることを認識し、かつ容認していたものである。

(四) 本件しばやきに際しては、万一の場合に備えて消防自動車が出動しており、しかも正規の消防団員がこれを行なったものであるから、一般通常人には外形上客観的に消防団の職務行為とうつるものである。

4  (小島らの過失)

およそしばやきを行おうとする者は、風向き、風の強さを考え、風下に燃えやすいものがあるかないかを確かめたうえ引火のおそれがある場合にはしばやきを中止し、あえてしばやきをする場合には万一風下の建物等に火が燃え移ったときに備えて消火の態勢を十分にとっておくべき注意義務がある。

ところで、本件の場合、しばやきが開始されたころの現場付近においては北西ないし北北西の風が毎秒五ないし七メートルの速さで吹いており、その風下約二〇メートル足らずのところに茅葺の本件建物が存在していたのであるが、小島らは右の風速を認識していたにもかかわらず、風下の状況に全く注意を払わないまま本件建物の風上約二〇メートルの地点の田の枯草に火を放った結果、おりからの風にあおられて本件建物に飛火し本件火災を発生するにいたらしめたものであり、小島らにはこの点に過失がある。

なお、国又は公共団体が損害賠償責任を負担する場合は失火ノ責任ニ関スル法律(以下失火責任法という)は適用されないと解すべきであるが、仮に失火責任法の適用があるとしても、右に述べたような小島らの行動は善良な管理者の注意義務を著しく欠いたものであるから、重大な過失があったというべきである。

5  (原告の蒙った損害)

原告は、本件火災により少なくとも二四三二万七〇〇円の損害を受けた。その内訳は以下のとおりである。

(一) 本件建物 七〇〇万円

(二) 本件建物内の有体動産 合計 一二三二万七〇〇円

右有体動産の品名、数量、損害額などの明細は別紙有体動産目録に記載のとおり

(三) 精神的損害 五〇〇万円

原告が住み慣れた家を失ったこと、これにより不便を忍ばざるをえないこと、アルバム類、仏壇等精神作用にかかわる記念物を失ったことなどにより蒙った精神的苦痛ははかり知れないものであるが、あえてこれを金銭で慰藉するとすればその額は五〇〇万円を下らない。

6  (まとめ)

よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条により、原告の蒙った右損害の一部の賠償として、金二〇〇〇万円及びこれに対する違法行為の日である昭和五二年二月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1については、原告所有の本件建物が火災により焼失したことは認めるが、その余は不知。

2  同2のうち、小島らが本件火災発生当時被告各務原市の設置する消防団の消防団員であったことは認めるが、その余は争う。

すなわち、小島らは、いずれも非常勤の消防団員(消防組織法一五条の六第一項)であり、その報酬は年額わずか九三〇〇円に過ぎず、その他の給与(出場賃金など)も同じく一人平均六四六〇円である。そして、団員は、消防団長の招集により、あるいはあらかじめ指定されたところに従い出動服務するのみで、この服務をするときのみ地方公務員の資格をもつものである。したがって、後述のように、本件しばやきはかかる服務とはいえないから、この時点では「公権力の行使にあたる公務員」とはいえない。

3  同3の前文部分は争う。

同3の(一)については、消防法三条一項、二項の規定の存することは認める。しかしながら、同条によって団員が物件を除去できるのは少なくとも消防長又は消防署長の命令ないし指示のあった場合に限られる。けだし、いわゆる非常勤であって、せいぜい平均的市民に過ぎない団員にかかる重い責任を課し、強い権限を認めることは妥当でないからである。

同3の(二)は争う。本件しばやきが仮に火災予防上の必要からなされたものであったとしても、地域住民から市消防団に対し要望があったものかは明らかでなく、少なくとも本件火災発生の直接原因とされる場所でのしばやきは小島勇郎の一存でなされたものである。また、従前から市消防団においては、消防団自体の消防事務としてはしばやきをすべきでないとしていたことからいって、小島らにおいてしばやきが消防団としての活動であると自覚していたとの点も疑わしい。

同3の(三)の事実のうち、所轄の消防署に火煙届が出されたことは認めるがその余は否認する。仮に該消防署員が所論のような指示を与えたとしても、右指示を与えたのは可児消防士であって、職制上最下級の職員であるから、これをもって被告が本件しばやきを消防団の職務行為として認容したというのは当らない。

同3の(四)の事実のうち、本件しばやきに際して、小島らが消防用自動車を使用したことは認めるがその余は争う。市消防団の下部組織(分団ないし班)は、地域と密着し、広報会、町内会あるいは地域青年団に類似した地域団体としての一面を備えているのであり、しばやきもかかる面での活動とみる余地が十分ある。

4  同4は争う。

なお、仮に小島らに過失があったとしても、本件について失火責任法の適用があることは疑問の余地がないから、小島らに重大な過失が認められない以上、被告は責任を負わないものである。

5  同5のうち、本件火災により原告所有の建物が焼失したことは認めるが、その余はすべて不知。

6  同6は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1について

原告が所有していた本件家屋が火災により焼失したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  各務原市消防団第四分団第一消防部第二班所属の消防団員であった小島ら(班長小島勇郎)は、昭和五二年二月六日、同市下中屋町地内において、かねて計画していた火災予防のためのしばやき(枯草を焼き払うこと)を実行することとなり、当日午前九時一五分ころしばやきを開始した。

2  当時の同所付近の気象状況は、曇天、湿度六二パーセント、北ないし北西の風、風速毎秒四ないし五メートル(推定)であった。

3  当日の計画では、危険な箇所はすべてしばやきを行う予定であったが、四か所目に点火して二、三分後に本件火災が発生したため、この四か所目の途中まででしばやきは中止された。

4  しばやきを行なった地点と本件火災の発生地点との位置関係は、別紙現場見取図1、2のとおりである。

そして、四か所目のしばやきの点火燃焼地点と、本件火災発生地点とは直線距離にして約四〇メートルで、本件家屋は右点火燃焼地点のほぼ風下の方向に位置していた。

5  四か所目のしばやきは班長の小島勇郎と団員の木方徹が担当したが、小島勇郎が四番目の地点の枯草に点火した約二、三分後の同日午前一〇時過ぎころ、本件建物の屋根が燃えているのが発見され、直ちに消火活動が行なわれたが、同日午前一〇時三〇分ころ本件建物は焼失するに至った。

6  当日の枯草の燃え方は、風下から点火した場合は徐々に燃え拡がる程度であったが、風上から点火すると急速に火が拡がって燃え尽きてしまうという状態で、火の粉や灰が飛散しているのを現認した者もあった。

7  本件建物は、かねて原告ら一家の居宅として使用されていたのであるが、昭和五一年一一月中旬以降は寝起きする者のない留守宅となっていたもので、本件出火直後の時点で本件建物内には人が居らず火の気もなかったことが確かめられている。

以上の認定事実からすれば、本件火災は、小島らの行なった四番目の地点におけるしばやきによって発生した火の粉が本件建物の茅の屋根に飛来して出火したものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  請求原因2について

本件しばやきに従事した小島らが当時被告の設置する各務原市消防団の団員であったことは当事者間に争いがない。

したがって、消防組織法、各務原市消防団条例及び地方公務員法により、小島らは、いずれも、非常勤の消防団員として被告に任用された特別職の地方公務員であるということができる。

そして、国家賠償法一条にいう公権力とは、純然たる私経済作用及び営造物管理作用を除くその他のすべての(国又は)公共団体の作用(活動)を指すと解すべきであるから、消防団員の職務活動が公権力の行使に該当しうることも明らかである。

なお、被告は、非常勤の消防団員は法令の定めにしたがって出動、服務するときのみ公務員たりうるにすぎない旨主張するが、消防団員に任命された者は、公務に従事していると否とにかかわらず公務員たる地位にあると解されるから、国家賠償法適用の有無はもっぱら次の職務行為該当性によって決せられるべきことがらである。

三  請求原因3について

1  《証拠省略》を総合すると以下の事実を認めることができる。

(一)  各務原市消防団第四分団第一消防部第二班所属の消防団員であった小島らとその余の二名の合計一〇名の者は、昭和五二年一月七日の出初め式に集まった際協議し、火災予防のため、同班の管轄区域である下中屋町地内のしばやきを同年二月六日に行なうことを決めた。

(二)  下中屋町においては、土地改良事業が実施されていたなどの特段の事情がないかぎり、かねてから消防団の恒例の行事として、しばやきが実施されてきており、従来は消防小屋と下中屋公民館付近の空地のみを対象としていたが、昭和五二年については、たまたまその年の初めころ管轄区域内において子供の火遊びにより枯草が燃えるという事故が発生したため、危険な箇所すべてについて実施することの計画がなされた。

(三)  前記のように第二班がしばやきを企画したについては、前年の昭和五一年年末の夜警の折、同班班長の小島勇郎に対し消防団の組織上、上司にあたる前記消防団第四分団第一消防部長の小島政彦からしばやきをしようかとの話があったこともその一因をなしている。

なお、下中屋町の広報会長三木良正に対しても消防団員である子息を介してしばやきの実施計画があらかじめ知らされていたが、広報会としては別段これに関する活動は行なわなかった。

しかして、前記小島政彦部長及び三木良正会長は、いずれも本件しばやきが実行された際、中途まで立会った。

(四)  本件しばやき施行日の昭和五二年二月六日午前九時五〇分ころ、班長の小島勇郎は、所轄の消防署に電話をかけ、応対に出た同署の可児消防士に対し、第一消防部第二班班長小島勇郎の名で枯草を燃やす旨の火煙届をなした。その際、可児消防士からは、消防用自動車を用意し、消火には万全を期すようにとの趣旨の指示があった。

(五)  当日、本件しばやきには、第二班員一〇名のうちの小島ら八名が参加したのであるが、同人らは被告から支給された消防団員の制服を着用していた。

そして、被告から貸与され同班において保管管理していた消火用ポンプを積載した自動車一台を現場に待機させていた。

以上の事実によれば、本件しばやきは、小島らの主観的意思ないし目的においても、また行為の客観的、外形的側面においても、消防団員たる小島らが、各務原市消防団第四分団第一消防部第二班として行なった火災予防活動であったと認めるほかなく、これを否定するかのごとき《証拠省略》は採用できない。

2  そこで本件しばやきが、公務員である消防団員としての職務行為であるといえるか否かについては、次の二点が問題となる。すなわち、第一点は、そもそもしばやきという火災予防のための活動が、消防団員の職務である消防事務に含まれると解しうるかという点であり、第二点は、第一点が肯定された場合、非常勤の消防団員が上司の指揮監督を受けずにしばやきを行なった場合にも、なお職務行為といいうるかという点である。

(一)  第一点について

国家賠償法一条にいう「職務を行うについて」とは、当該公務員の職務行為自体及びこれと一体不可分の関係にある行為並びに職務行為と密接に関連し、客観的、外形的にみて社会通念上職務の範囲に属するとみられる行為を指すと解すべきである。

しかるところ、消防組織法一条は、消防の任務として、国民の生命身体及び財産を火災から保護すること、水火災等の災害を防除すること及びこれらの災害による被害を軽減することを明記しており、火災防除したがって火災の予防が消防の任務に含まれることは明らかである。そして、消防団は、市町村の消防事務を処理するために設置される機関であり(同法九条)、消防団員の任務は消防事務に従事することであるから(同法一五条の四)、火災の防除は消防団員の職務であると解される。

そして、消防法三条によれば、消防長等の消防吏員は、火災の予防に危険であると認める物件等の所有者らに対して、危険物又は放置され若しくはみだりに存置された燃焼のおそれのある物件の除去その他の処理をすべきことを命ずることができ、消防長又は消防署長は、前記所有者らに対し前記の措置をとるべきことを命ずることができないときは、消防職員(消防本部及び消防署に置かれた消防吏員及びその他の職員、なお、消防本部を置かない市町村においては消防団員)に右措置をとらせることができるとされているのである。

そこで、右に認定したところと前記三、1、(一)ないし(五)に認定した、本件しばやき実施のいきさつ、慣行、態様等を考え合わせれば、本件しばやきは、消防団員の職務行為と密接に関連し、客観的、外形的にみて社会通念上右職務の範囲に属する行為にあたると認めることができる。

(なお、国家賠償法にいう職務は、公平の観点から、これを広く解釈すべきであるから、公務災害補償における公務性の判断とは必らずしも同一に論じられるものではない。)

(二)  第二点について

消防組織法一五条の四は、消防団員は上司の指揮監督を受け消防事務に従事すると定め、各務原市消防団条例七条は、「団員は、団長の招集によって出動し、服務するものとする。招集を受けない場合であっても、水火災その他の災害の発生を知ったときは、予め指定するところに従い直ちに出動し、服務に就かなければならない。」と定めているところ、前記三、1、(一)ないし(五)に認定したところからすれば、本件しばやきの場合は、右条例の定めにより出動、服務した場合でなかったことが明らかである。

しかしながら、右規定は、単に非常勤の消防団員の服務すべき場合を定めたものにすぎず(これはまさに非常勤であることの特質である)、職務の内容につき規定したものではないのであって、消防団員の職務の内容は、常勤であろうと非常勤であろうと、何ら差異はない(消防組織法一五条の四)。

しかして、国家賠償法にいうところの職務にあたるか否かの判断は、客観的に職務執行の外形を備えているかどうかによって決せられるべきものであるところ、本件しばやきが客観的にみるかぎり消防団員の職務と密接に関連した行為であることは先に認定したとおりなのであるから、右がたとえ非常勤の消防団員の、消防団長の招集等に基づかない自発的行為であったとしても、それは単に内部的に前記条例に違反した行為であるというにすぎず、職務にあたるとの判断を妨げる事由たりえない。

3  以上によれば、本件しばやきは、消防団員である小島らによる消防団員としての職務行為であると認めることができ(る。)《証拠判断省略》

四  請求原因4について

1  公権力の行使にあたる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任については、失火責任法が適用され、当該公務員に重大な過失のあることを必要とすると解すべきである(最高裁判所昭和五三年七月一七日判決民集三二巻五号一〇〇〇頁)。

2  ところで、本件のようなしばやきは、ある範囲に広がって存在する枯草をそのままの状態のもとに焼却する行為であって、延類焼、飛火等の危険性の高いものであることが明らかであるから、しばやきを実施する者としては、当日の現場における天候、とりわけ風向き、風速に細心の注意を払ったうえで、周囲の状況を十分把握し、特に風下に建物がある場合にはその位置、構造等を観察して、延焼のおそれのないことを確認し、延焼のおそれある場合は延焼を防止するための適切な措置をとり、なお延焼を避けられないときはしばやきを中止すべき注意義務がある。

しかるに、前記一で認定したとおり、本件しばやき当時の気象状況は、毎秒四ないし五メートルの北ないし北西の風が吹き、湿度は六二パーセントでやや乾燥し、火災発生の可能性の比較的大きい、危険な状態(証人左高求の証言(第一回)によれば風速が毎秒七メートル以上、湿度五〇パーセント以下の場合には、火災警報が発令される。)にあり、四番目の点火地点の風下約四〇メートルの場所には茅葺屋根の本件建物が存在していたものであるところ、《証拠省略》によれば、小島勇郎及び木方徹は、風速、風向、周囲の地形等にほとんど注意を払わず、もとより本件建物の存在自体すら意識することなく、漫然と四番目の地点において枯草に点火をして当該場所におけるしばやきに着手したことが認められるのである。

そうしてみると、右小島勇郎らにおいてわずかの注意を払えば、本件建物に延焼するという重大な結果の発生を予見し、かつ回避できたことは明らかであるから、同人らに重大な過失があったこともまた明らかである。

五  請求原因5について

1  本件建物

本件建物が本件火災により全焼し焼失したことは当事者間に争いがない。

ところで、原告は本件建物の焼失時における価額(時価)は七〇〇万円であったと主張するが、右時価(交換価値)を端的に認めさせる証拠はない。

しかしながら、《証拠省略》によって認められる本件建物の規模、構造と《証拠省略》をあわせ考えれば、本件建物の焼失時点における復成価額(再調達価額)は金七〇〇万円であると一応認められる。そして、《証拠省略》によれば、本件建物は建築後焼失までに五〇年以上を経過していることが明らかであるから、本件火災当時における本件建物の価値を評価すれば、前記復成価額の二割にあたる金一四〇万円と認めるのが相当というべく、したがって右の額をもって本件建物の焼失による損害額と認める。

2  有体動産

《証拠省略》を総合すると、本件火災により、当時本件建物内に存在した原告主張の動産(現金の点は除く。)が焼失したこと、そして右動産のうち昭和三〇年以降に購入した動産については、弘法様の仏壇を除き、その買入価額も原告が買入金額として主張する額を下回ることはないことを認めることができる。

しかしながら、現金一六万円の存在、昭和三九年に購入した弘法様の仏壇一式の買入価格、昭和二九年以前に購入した動産の買入価格、並びに全動産についての時価及び損害額については、原告の主張をそのまま認定するに足りる確たる証拠は存しない。

そこで、まず昭和三〇年以降に購入し、かつ買入価格の明示された動産(前記仏壇一式を除く)についての損害を検討するに、別紙損害額一覧表記載のとおり、その購入価格の合計は三〇二万六一五〇円であるが、その品目のほとんどは衣類あるいは生活用品等の消耗品であり、しかも購入後五年以上を経過していたものが大部分であったこと等の事情を総合すると、右の火災による焼失時の時価は右購入価額の合計額の約三割にあたる金九〇万円を下回るものではないと認められるにとどまるから、右の額をもって損害額とする。

次に、右以外の動産(前記仏壇を含む)につき検討するに、そのほとんどは購入年度から五〇年以上を経過した衣類等の消耗品であって、その品目、数量等を考慮するとき、本件火災による焼失時の右動産類の時価合計額は金一〇〇万円を下回らないとの限度での認定をなしうるから、右額をもって損害額とする。

したがって、有体動産が焼失したことによる原告の損害額の合計は一九〇万円であると認める。

2  精神的損害

すでに認定した諸事実その他本件にあらわれた諸般の事情からすれば、原告が本件火災によって蒙った精神的苦痛は甚大であって、単に財産上の損害の補填のみによっては慰藉されないと認められ、慰藉料の額は金一五〇万円が相当である。

六  以上のとおりとすれば、原告の国家賠償法に基づく本訴請求は、五の1ないし3の合計額四八〇万円及びこれに対する火災発生の日である昭和五二年二月六日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官池田勝之、同大澤廣は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 秋元隆男)

〈以下省略〉

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